プロローグ

日課

私は満員電車で通っています。

最初は苦痛だった東京の通勤も上京して2年経って慣れて今ではちょっとした人間観察を楽しんでいます。

行きよりも帰りの通勤風景の方が個人的に好きです。これから仕事の人の顔より業務が終わって安堵の表情の方が私自身にとっていろいろ楽しめるからです。

この人達はこれから家に帰って何をするのだろう?そんな余計なお世話な事を妄想するのが東京に来てから増えました。

私のように帰っても食事の用意や洗濯など家事に追われている兼業主婦、テレビを観ながら晩酌を楽しむ晩年の男性、これから繁華街に繰り出して友達と食事する人。

いろんな人がいて、その数だけ家庭や人間関係があって、その様子を私が勝手に想像を膨らませているうちに、今度は逆に自分はどのように映っているだろう?と思ってくる。

結婚して2年目だけど、まだまだ独身に見られる事も多いのが、お世辞にしても自分の中ではちょっと嬉しい事。これから帰って旦那の食事の準備をするように見えるかしら?職業柄、メイクには気を使ってるつもりだけど、一体他人から私はどのように映ってるのかな?職場ではどんな人だと思われてるのかな?私は頼りにされてるかな?必要とされてるかしら?

それほど真剣に考え込む訳ではないけど自己批判をし始めると最寄の駅に着くのが私の日課なのです。

日常

その日も電車に揺られながら私の日課を終えて家路に着きました。

私の住むマンションは駅からは徒歩10分くらいの場所に立っており、付近には同様の賃貸マンションが立ち並ぶ住宅地にあります。

薄暗くなってきたが、ずいぶんと日も長くなってきた。3月は気温こそまだ肌寒いが暗くなるのが遅くなってきているのが体感できる季節の変わり目です。

住宅地は19時頃から賑わい始めるように思う。

家族がみんな揃い始め、各家庭に明かりが灯り、忙しくも温かい時間が始まる。

私はこの街のこの時間に、そういった空気を感じながら家に帰るのが好きだ。

もうすぐ自分にも温かい時間が始まるのが楽しみだからでしょう。

家に着くといつも通り食事の準備を始めます。

結婚してからずいぶんと料理を覚えた。今では料理が好きになっている。以前の私は外食ばかりで料理なんて片手で数えられるほどしか料理のレパートリーが無かったのに・・・

毎晩23時くらいに帰ってくる主人を待つために後で温めるように夕飯の準備を出来上がり直前で一旦手を止め、部屋の掃除を始めた頃にチャイムが鳴った。その夜は珍しく早く主人が帰ってきたのだ。

早い帰宅

いつもより早い帰宅した主人。

私は嬉しかった。いつも寝る前に30分くらいしか話せないのに今夜はいつもより多く一緒にいられる。たった数時間だけだがそれでも嬉しかった。

いつも遅くて申し訳なさそうに帰ってくる主人も今夜は得意そうな表情に見えた。

「なんだー早く帰ってくるなら連絡くれたら良かったのに。」

「そうだね。今日はクライアント先で打ち合わせしててちょっと長引いてしまってそのまま直帰にしたんだ。」

「そうなんだ。すぐにご飯の準備するからちょっと待ってて。」

「うん。」

そう言って主人は着替えてソファでくつろいでいつものようにテレビの電源を・・・つけない?

特に気にしないでテーブルの準備をしていたら主人は珍しくパソコンの前に座っていました。

主人はIT企業で働いているのでいつも「仕事で散々触っているから家では触りたくない」って言っているので、帰るなりすぐにパソコンの前に座るそれは珍しい光景だったのです。

きっと仕事関連のメールを確認したりしてるんだろうと思ってそっとしておきました。

食事の準備ができて一緒にご飯を食べて、今日会社であったこと、友人達の近況の話、今度の休みはどこに行く?欲しいモノがあって買いたいなどいろんな事を話して思いがけなく平日の夜を楽しんでいました。

そのときに主人の仲の良い後輩の話が出ました。

「柳田君がね、最近ゲームにハマってて遅刻をよくするんだよ。」
「ふうん、良くないよね。」
「だけど本人は全く反省の色が無いっていうか、むしろそのゲームを勧めてくるんだよねー。」
「ゲームかー、ゲームの楽しみは私よくわかんないや。」
「そのゲームをさっきインターネットで見てみたんだよ」
「なんだ?仕事なのかと思ってた」
「なんだか最近のゲームってのは難しいね」
「へーそうなんだ。私は昔から難しくてわかんないや。」

「そう言えば、今度さ柳田とか会社の仲の良い連中連れてきてもいい?」
「うん、いいよ。私も会ってみたいし、みんなで鍋とかいいじゃん!」

そんな会話がありました。主人は上司よりも後輩に好かれるタイプ。以前より休日にはよく後輩の方々の一緒にサーフィンに行ったりバーベキューしたりしていました。

その日はそんな感じの会話でした。ベッドに入る時、「明日も直帰だったらいいね!」と言って電気を消しました。

そして毎日こんなだったら楽しいなってこの幸せがずっと続く事を願って眠りました。